美川健一の歌う新潟ブルース。
こういうご当地ソングでなんとなく行ったことのない街もイメージが湧くという人も多いのではないでしょうか。
古町通りは新潟駅から海へ向って徒歩約10分。
信濃川が日本海へ流れ出る河口に広がっています。
古町通りと並行して走る通りと呼ばれるいくらか太い道とこれに交差するいくらか細い小路とで形成されています。
5番町以降の番号の大きい所がメインでふるまちモール○:○は数字が地名に合わせて振られています。
こういうところの歴史は大抵が遊郭で、江戸初期には日本で4番目に大きな「まち」だったようです。
何といっても当時は江戸、大坂、京が3大都市ですから、それなりに大きかったんですね。
まぁ見方を変えれば、誰が見てもこの3都市よりも大きなまちはあり得ないんで、それぞれが「4番目に大きい」と言っていたのかもわかりませんが。
[編集] 歴史
この周辺は、かつては日本有数の遊郭で江戸時代初期に書かれた『遊里遊郭番付表』では、京都・大坂・江戸の三都に次ぐ番付であった。やがて、市内の堀が整備され新潟港に北前船が寄港するようになると一帯は更に発展を遂げた。十返舎一九による『東海道中膝栗毛』の中では「新潟越後じゃあんめいし八百よこせとすさまじい」と書かれている。
明治以降は芸事中心の高級料亭街に変貌しました。
今度は祇園、新橋に並ぶ3大花街と呼ばれています。
大坂はどうなったんでしょうね。
そういう粋な文化は育たなかったのかな。
鍋茶屋、金辰、有明、やひこ、かき正、大丸、小三、寿々村、等が有名どころです。
明治時代になると、法改正や新潟市内での大火(明治新潟大火)の影響も相まって遊郭は移転し芸事が中心の花柳界(花街)へと変化した。昭和初期には新橋・祇園と並び三大花街と呼ばれるまでとなり、現在においても高級料亭が12軒、営業している。行、等の新潟を代表する老舗料理屋がある。
昭和の大火で町が消失する前は堀に沿って柳が植えられていたため、柳都とも呼ばれた古町通です。
現在でも堀の付く町名がたくさん残っています。
また新潟は魚がおいしいのは勿論ですが特に名物は鮭です。
ぜひ召し上がってみてください。
もうひとつはへぎ蕎麦ですね。つなぎにフノリを使った蕎麦です。
うまい店とパサパサした店とがありますので地元の人によく聞いてお店選びをしてください。
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